今回は、株式会社セガで背景デザイナーとして活躍する高橋さんにお話を伺いました。
東京大学工学部で水素エネルギーを学びながら、C&R Creative AcademyでCGを学んだ高橋さん。
理系の知見とデザインを融合させた独自のアプローチで、入社4年目の今も進化を続けています。
数学的思考でクリエイティブを捉える視点、そして「執着はサボり」と語る仕事観。その背景にある価値観と成長の軌跡を詳しく聞いてみました。


[プロフィール]
高橋氏
株式会社セガ背景デザイナー
東京大学卒業/2022年セガ入社


理系からCGへ「絵は探すものだと気づいた瞬間」

——まずは自己紹介をお願いします。

株式会社セガで背景デザイナーとして働いています。
2022年に入社し、現在4年目です。セガ入社前は東京大学の工学部で水素エネルギーについて学びつつ、WスクールでC&R Creative AcademyにてCGの勉強をしていました。

——理系からCGという、かなり珍しい経歴ですね。CGに興味を持ったきっかけを教えてください。

これはちょっと変わった理由なんですが(笑)。もともとものづくりには興味があって、昔から自分で絵を描いたり、折り紙を折ることが趣味だったです。でも、ゲームやCG業界って、美大とか専門学校に通った人だけが入れる特別な世界だと思っていて、理系の自分には手の届かない分野だと感じていたんです。
でも、ある時パソコンの画面を見ていて、ふと気づいたことがあったんです。デジタルの世界では、1ピクセルはRGBでそれぞれ256段階しかない。ということは、1ピクセルは256×256×256で、理論上約1680万通りしか存在しません。そうすると絵全体だと大体1000万桁ぐらいの通り数しかないと気が付きました。
その瞬間、「絵って描くものじゃなくて、探すものなんだ」って気づいたんです。
数学的にアプローチできる分野なら、理系の自分でもできるかもしれない。そう思って、そこからCGに興味を持ちました。

入社から現在まで「数学的思考がCGと融合した瞬間」

——入社してから印象に残っているお仕事はありますか?

自分の場合、ちょっと変わった経歴なので、できればこれまでの経験を活かしたいという気持ちがずっとあったんです。
ただ、最初の2年半ぐらいはなかなかそれを仕事に活かせませんでした。
でもHoudiniというソフトと出会ってから状況が変わりました。今まで数学とか物理とか化学でやっていたことを、コンピューターグラフィックのデザインの業務に翻訳できるようになってきたんです。
それでチームの効率化につながったり、クオリティが高く手作業ではなかなかできないようなところができるようになりました。 アカデミー時代はほとんどZBrushを使ったスカルプトでキャラクターを作っていたんですが、ZBrush で作業したことを一回数学で翻訳して、それをもう一回Houdiniに伝えるみたいなことができるようになったんです。
それができた 時は、アカデミーで実践してきたことと、今まで学んだこと、仕事で学んだことがつながった感じがして、すごく印象的でした。

——入社してからずっと背景を担当されているんですか?

1年目は研修で色々な事をさせて頂きました。本配属の2年目から今までずっと背景を担当しています。アカデミーではキャラクターを制作していたので、入社してから新たな職種にチャレンジしたという形になりますが、特に違和感はなかったですね。
実は、アカデミーに入った時も「キャラですか?背景ですか?」って聞かれて最初びっくりしたんですよ。「文系ですか?理系ですか?」って聞かれるのと同じような感覚で、私としてはどちらも本質的には大きく変わらないと思っていたんです。

——キャラクターと背景で違いを感じる部分はありますか?

細かいところで違う部分はたくさんあるんでしょうけど、言語の違いに似てると思うんです。例えば英語だと主語があって述語があるので、聞いた時に動詞の重要性が強く感じられる。一方、日本語は最後まで聞かないと分からないので、間に入る修飾語とかがすごく重要になってくる。
背景制作も同じような感覚で、「これを作りたい」って思ったときに、ものすごく分解して考える作り方が多いんですよね。キャラクターももちろん分担はされてるんですけど、どちらかというと ”一点もの職人” という感じがあって、そこは違う部分かもしれません。
背景は量が多い分、分解しないとできないから、そういうシステマチックなものの見方になっているという感じですかね。でも、やっていることの本質はやっぱり変わらないと思ってるんです。

Houdiniとの出会い:「翻訳機を見つけたような感覚」

——Houdiniに出会ったきっかけは?

実は会社に入った時から、色々な方に「君はHoudiniが得意だと思うよ」とずっと言われ続けていたんです。
とはいえ、まずMayaなどの基礎的な技術がまだ全然身についてなかったので、そちらを優先して学んでいました。入社して2年経った頃、会社で勉強を推奨するイベントがあって、そこでようやくHoudiniを本格的に学び始めました。

——どんなイベントだったんですか?

業務だけだとどうしても自分の担当分野に偏りすぎてしまうし、新しいことにチャレンジするきっかけがなかったりするんですよね。そこで、チーム全体でスキルアップしようという取り組みとして、HoudiniやUnreal Engine、Mayaなどいくつかの技術分野に分けて、グループで学んでいく形式のイベントが開催されたんです。
最初にアンケートがあって、それぞれが「これを学びたい」というものを申告して、希望者が多かった分野が実際に開講されるという仕組みでした。強制参加ではなく、純粋にやりたい人が集まる感じで、すごくいい雰囲気でしたね。

——セガはスキルアップ支援に力を入れてくださってるんですね。

そうなんです。セガはそういう取り組みをすごく推進していて、社員が学びやすい環境作りに本当に力を入れてくれています。今お話ししたイベントは一例ですが、外部の研修なども「参加したい」と相談すれば、ほぼ確実に参加させてもらえますし。
例えば、CGWORLD などの有料セミナーでも「参加したい」と言えば費用を会社が負担してくれます 。ワークショップに参加したい時も気軽に相談できますし、そういう自己研鑽を積極的に推奨する雰囲気がチーム全体にありますね。
分からないことも質問しやすいし、もちろん目先の業務も大事なんですけど、 「長い目で見て成長してくれればいい」 という考えがチーム全体に根付いてるんです。それが一番大きいと思います。

Houdiniで解決した「問題」

——Houdiniを業務で使うきっかけになった具体的な出来事はありますか?

私は単純作業が苦手で、ある時に、「単純作業を自動化してみよう」と思ったんです。
その時初めて、Houdiniを業務に使いました。
これは私の価値観なんですが、「人間にはその人独自の魅力がある」と思ってるんですよね。でも単純作業だと、どうしてもその人らしさや「個性」が出にくいんです。
逆に、単純作業じゃなくてその人が本当に作りたいものを作ってる時を見ると、「あっ、こういう人なんだ」っていうのが言葉以外でも伝わってくるじゃないですか。そういう人間らしい部分を見るのがすごく好きなので、極力単純作業は誰にもしてほしくないっていう思想があるんです。
単純作業を自動化するという行為自体が、実はクリエイティブな作業なんですよね。そうすると結果的に、チーム全員がよりクリエイティブな仕事に集中できるようになる。それが大きな動機ですね。

——自動化したツールはチームで共有されたんですか?

はい、チームのみなさんに「これは楽になったね」って喜んでもらえました。
もちろん初めてHoudiniを業務で使ったので、最初は本当に拙いものだったんですが、それでも誰も「やめなさい」なんて言わずに、「こうした方がもっとよくなるんじゃないか?」という建設的なフィードバックをくれたんです。すごくありがたかったですね。
これってフリーランスだったら絶対にできない体験だと思うんです。ツールを作ってる本人は、そのツールのことを深く理解してるから、どこが使いにくいかっていう客観的な視点がどうしても欠けがちなんですよね。実際に使ってくれる人から「ここが使いづらい」って教えてもらえるのは、本当に貴重で。
一回は必ず使ってくださるんですよ。この環境はありがたいですね。

「余裕があるから投資ができる」

——セガのここがいいなと思うポイントはどこですか?

やっぱり余裕じゃないですかね。

——どういう余裕ですか?

例えば、さっきのHoudiniの件で言うと、私が初めて作った拙いツールでも 「もしかしたら化けるかもしれないから、とりあえずやらせてみよう」 って言ってもらえるんです。これって、もしチームが切羽詰まった状況だったら絶対にできないことだと思うんですよね。
極端な話、私一人が何もできなくても、チーム全体としては十分機能するんです。
余剰があるから若手への投資ができて、投資ができるから将来的に大きなリターンが得られる。こういう好循環ができているんだと思います。これまで長年培われてきたそういう循環の恩恵を、私たち若手が受けさせてもらっているという実感がありますね。

「根っこが違う人たちとの出会い」

——一緒に働く仲間の魅力的なポイントは?

沢山ありますね。やっぱり自分は全然違う分野から来たので、話しているだけで「あ、こんな考え方があるんだ」とか、勉強になりますね。

——具体的にはどんな違いを感じますか?

どちらかというと、意識して教えてくれることよりも、無意識の行動から学ぶことが多いです。つまり何か教えることって、相手が意識してしゃべっているということじゃないですか。でも何も考えずに自然にやっていることって、本当にその人らしさが出るんですよ。普段の習慣とか、価値観とかが。
そういうのをずっと見ていると「あ、この人たちはこういうところを大切にしていて、こういう価値観だから、こういうアウトプットになってるんだ」って分かってくる。それが自分が今まで接してきた人たちと全然違うんで、本当に新鮮なんです。
多分、異文化に触れたときに学びを得る感覚と、近いものがありますね。
氷山で例えると、水面に見えている部分(表面的な違い)は人それぞれ違うけど、水面下の根っこの部分(人間としての基本)は共通してると思ってたんです。でも実際は、根っこの部分から全然違う人たちがいるんですよね。全然違う環境に来ると、それがすごく面白くて。
自分にない要素を持っている人たちなので、ある種憧れの気持ちもありますね。

アカデミー同期との絆「厳しい環境を勝ち抜いた仲間」

——C&R Creative Academy経由でセガに入社した方の横のつながりはありますか?

そうですね、たまたま東さん、関谷さんと同じ事業部になって、すごくラッキーでした。東さんと関谷さんは、私が会社に入った時からお世話になっていて、アカデミー出身という安心感がありますよね。
同じ教育機関 から3人も同じ会社に入るっていうのは意外と珍しいんじゃないかなと思うんです。
会社が設定した組織とは別の、自然発生的なつながりがあるので、違う種類のモチベーションが生まれるんです。技術的に分からないことがあった時も、素直に「これ、どうやったらいいんだっけ?」って相談できますし。
本当に困った時は必ずお2人に相談していますね。特に東さんには、Houdiniを始めた時にかなり詳しく教えてもらって、それがなかったら今の自分はなかったと思います。
根底にはC&R Creative Academyという厳しい環境を一緒に乗り越えてきたという共通体験があるので、そういう絆の強さもありますね。

4年間の成長:「執着はサボり」という発見

——4年間で一番の人間的成長、スキル的成長は何でしょうか?

すごくまとめると「執着はサボり」だなって気づいたことですね。

——どういう意味ですか

例えば「ZBrush にこだわって作品を作っている」と思ってる時、それが本当のこだわりなのか、それとも慣れたツールを使い続けることで楽をしているだけなのか、その境界線が曖昧だなって思うようになったんです。
使い慣れたツールをずっと使うことは、頭にとっては楽なんですよね。でもそれを「こだわり」や「プロ意識」のふりをして正当化してしまうことがある。
本当にいいアウトプットを出すためには、技術的なスキル( ZBrush やHoudiniなど) も、もちろん大事なんですが、それだけじゃダメなんです。人に質問をするとか、普段話さない人とコミュニケーションを取るとか、チームを不快にさせないように立ち回るとか、そういう部分も同じくらい重要なんだって分かってきました。
結局、最終的な成果物には「全部」が関わってくるんですよね。
今も技術的な部分はすごく大事にしてますけど、これが本当のこだわりなのか、それとも「余裕がないから慣れた領域にこもってるだけ」なのか、常に自問するようになりました。

——具体的にはどういうことですか?

例えば長時間働くことも、それが本当に頑張ってることなのか、それとも効率よく考えることを避けてサボってることなのか、判断が難しいじゃないですか。短時間で成果を出そうとする方が、実は本当に頭を使わないといけないから、ダラダラ長時間やる方が楽だったりするんです。
筋トレと違って知識やスキルの成長は目に見えないから、日々「今の自分はサボってないかな?」って振り返ることが大事だなって思うようになりました。これも一種の「思考の筋トレ」ですね。

今後の展望「アルゴリズミックアートという新境地」

——今後どんなことにチャレンジしたいですか?

ようやく最近、自分が今まで学んできた数学・物理・化学とコンピューターグラフィックがデザイナーとして結びついてきたので、テクニカルアーティスト的な方向を目指していきたいんですが、特にアルゴリズミックアートという分野に興味があるんです。
チームラボのような、アルゴリズムとアートを組み合わせる分野で、そこをもっと探求していきたいですね。

——なぜアルゴリズミックアートに注目しているんですか?

まだ自分の中で「翻訳の途中」という感覚なんですが、どうしても目の前のHoudiniだけを使っていると、周りと似たようなアウトプットになりがちなんですよね。同じチュートリアルをやったりして、そこが競争になってしまう。
アルゴリズミックアートはちょっと自分には難しそうな分野だからこそ、結果的に差別化できるんじゃないかと思ってるんです。それに、日本ではまだほとんど認知されてない分野なので、競争相手も少ない。そこに可能性を感じていますね。

——それは会社の仕事として、ですか?

はい。会社にとっても価値のある取り組みになると思います。考えてみればUnreal Engineなんかもアルゴリズミックアートそのものですからね。
自分の理系バックグラウンドとデザインスキルをもっと統合したいという思いがあって、そのための具体的な目標として「アルゴリズミックアート」を設定している感じです。

実務哲学は「Minecraftのような発想で」

——高橋さんの仕事に対する考え方の根底にあるものは何でしょうか?

これはMinecraftのような発想だと思っています。ベースとなるシステムやツールだけを作って、「あとはどうやって使うかは皆さん次第」という感じです。
自分では予想もつかないような面白い使い方をしてくれるのを見るのが楽しいんですよね。それを見て「ああ、そんな使い方があったのか」って発見があるのが一番の報酬です。

後輩へのメッセージ:「CGは手段、興味を大切に」

——これからC&R Creative Academyから入社される方に伝えたいことはありますか?

会社に入ると、周りの人たちのスキルの高さに圧倒されて、「自分はこんなことも知らない」って劣等感を持ちがちだと思うんです。でも考え方を変えてみてください。
知らないということは、その分、自分は他のことをやってきた可能性があるという事なんです。知らない部分があるということは、きっとどこか別の部分が人より充実しているはず。
むしろ、そんな状態でも会社に採用されたということは、会社が何かしらの可能性を見出してくれたということですよね。だから実はとてもポジティブなことなんです。
それに、自分だけが知らないことは、もしかするとみんなが知っていることかもしれず、聞けば簡単に教えてもらえます。そんなに心配する必要はないと思います。

——これから同じ道を目指す人たちにアドバイスをお願いします。

一番大切なのは、MayaやHoudiniはあくまで表現の手段だということを忘れないでほしいです。根っこの部分にあるのは、やっぱり自分が好きなものだったり、表現したいものだったりするはずです。
技術習得のために、そういう本来の興味や関心を捨ててしまうのは本末転倒だと思います。
よく漫画家の人たちが言ってるじゃないですか。「いい映画を見なさい、いい音楽を聴きなさい、本を読みなさい」って。それと同じで、自分の興味を大切にしてほしいんです。
CGは手段なんです。最初は映画を見て「こんなの自分も作りたい」って思ったはずなのに、いつの間にか映画を作る技術だけをずっと探求していて、それが目的になってしまわないように。
好きなことに熱中してください。

C&R Creative Academyで学んだ財産「今も聞こえる先生の声」

——C&R Creative Academyで学んだことで今も活きていることはありますか?

たくさんありますが、特に一番は「プロとしての姿勢」ですね。
受講生だから、まだプロじゃないからといって甘いフィードバックをするのではなく、本気でプロとして通用するレベルを求められました。真剣に良い悪いを教えてくれる環境だったんです。
もちろん会社では期限もあるしリソースも限られているので、毎回全力でクオリティだけを追求するわけにはいかない。でもアカデミーにいる時は、そういう制約関係なく 「本当にいいのか悪いのか」をストレートに教えてくれました 。
良いところを褒めてくれる人はたくさんいますが、悪いところをちゃんと指摘してもらえる機会って、本当にあそこぐらいしかなかったんじゃないかと思います。
だから今でも作業してると、たまに先生の声が聞こえてくるんですよ(笑)。「ここダメだよ」とか「これじゃ先生は絶対許さないな」とか。
時間的な制約でできない時もありますが、そういう時はちゃんと「これはサボってるんだ。やれるけどやってないんだ」って自分に正直になれる。周りが「いいよ」と言っても、「いや、自分はダメだと思う」って言える基準を持てたのは大きいですね。

インタビューを終えて

高橋さんのお話からは、理系出身ならではのロジカルな発想と、デザインへの深い探究心の両方が伝わってきました。
「絵は描くものではなく、探すもの」という言葉には、CGという分野を理系的視点で再定義するような哲学が込められています。
また、「執着はサボり」という印象的な言葉に象徴されるように、常に自分の思考をアップデートし続ける姿勢は、プロとしての成熟を感じさせました。
セガという挑戦を後押しする環境の中で、Houdiniを駆使しながらチーム全体の効率化や創造性向上に貢献する姿勢。
そして、C&R Creative Academyで培った“プロとしての基準”を今も大切にしながら、自分の理系的バックグラウンドを強みに変えていく高橋さんのキャリアは、まさに「学びと挑戦の好循環」の体現です。
これからテクニカルアーティストとして新境地「アルゴリズミックアート」を目指す高橋さん。
その柔軟な発想と探究心が、次世代のゲーム表現やデジタルアートの未来を切り拓いていくことを期待せずにはいられません。

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